特別になろうとしない方が良いこと

サイキック能力を「特別」と思う方も多いのですが、

私は「特別」だと思っていません。

 

実は「特別」と思っていない方のほうがあっさり能力が発現したりするんです。

面白いですよね。

 

 

なぜだろう?と思っていたのですが、やっと納得いく答えが得られました。

 

 

 

 

「特別」というのは、良い意味で使うことのほうが多いですが

時々、悪い意味でも使われますよね?

だから「特別」というのは別の表現をすると、「人と違う」ということなんだと思います。

 

そして、サイキック能力とは魂の領域の能力です。(もちろん、波動(振動)は触覚で感知することが可能です。)

 

魂の領域、魂の世界がどうなっているかというと「全ては一つ」。

この表現、私はあまりしっくりこないので…

これを私は分離がない世界と言わせていただきます。

 

 

分離していないんです。

私はあなた。あなたは私。です。

 

 

だから「特別」にしてしまうと離れてしまう。

魂の領域に入れない。

だって魂の世界は分離していないから。

自分から分離してしまったら、分離していない世界へは行けなくなってしまう。

 

 

だから、サイキック能力は「特別」と思わないほうが発現しやすい。

これが「特別」になろうとしないほうが良い理由。

 

 

そしてもう一つ。

 

透視能力講座では最初に何点か質問をさせていただきます。

その時に面白い答えを聞かせてくださった方がいて

 

 

透視能力って特別な能力のように思うのですが…

でも、その能力がないから特別じゃないとは思わないですね。

Lumiさんが特別なら違う意味で旦那も特別だし、

また違う意味でこどもも特別だし…。

じゃあ私も?特別かもしれないですよね? 

そしたらみんな特別?になっちゃいますか。

話が脱線しちゃった…

 

 

って笑いながら仰ったんですね。

「みんな特別」って、それは素敵な考え方!と思ったので

使っていいですか?と聞いてしまいました。(笑いながら良いですよーとのことでしたので書かせていただきました)

 

 

特別になろうとしなくても もう「特別」なんですね。

 

「特別」になろうとして、自分じゃないモノになろうとするより

そのままで「特別」な自分を認めて、そんな自分を極めていくのも楽しそうな感じしません?

 

これがもう一つの「特別」になろうとしないほうが良い理由です。

 

 

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