評価を求めている時点で自分しか見ていない

基本的にやれることをやる。というスタンスで生きています。

以前は他人の評価を求めていたので怖いことがたくさんありました。

ですが、誰も私の行動の責任をとってはくれない。

私の行動の責任はすべて私にある。

ならば他人の評価はおまけのようなものではないか?

文章にするとキツイ感じがしますね。

そうはいっても、全く他人の評価を気にしないか?というと

はい。とは言い切れない。

ただ他人の評価を気にする自分を観察してわかったのは

他からの評価を求めている時点で自分は自分しか見ていないということです。

評価を求めるというのは

相手から自分がどう思われるか?ですものね。

相手がどう思うか?とは違います。

相手がどう思うか?という視点は徹底して相手目線です。

そこに自分は入っていません。

たとえば、恋愛。

相手が居心地悪そうにしている時。

人が多い場所、苦手なのかな?

と考えるのが相手がどう思っているかを考える人。

相手の状況を確認・想像する人。

焦点が相手になっています。

自分といるの楽しくないのかな?

と考えるのが相手が自分をどう思っているか考える人。

焦点が自分になっています。

焦点が相手なのか自分なのか?で次の行動が変わります。

他からの評価を求める視点で行動していると

結局、自分しか見ていないので相手の役に立ちません。

よって評価されない。

だから最初からそんなもの求めなければ良い。

自分は自分のできることをする。

自分は自分のやれることをする。

その結果、相手が喜んでくれたら万々歳!

そう思った方が気持ちが楽だし、なんだかんだ相手も喜んでくれる。

もちろん喜んでくれないこともありますよ。

でも、それは自分の領域ではどうしようもできないこと。

だって「何が嬉しいか」は本人にしかわからない。

他の人は想像(推測)できるだけ。

想像(推測)は外れることもあるんだから仕方ない。

こういう考え方をするようになってから

自分以外の人に対してもすごく寛大になれたと思う。

「自分が喜ぶことは自分しか知らない」

「自分が本当に望んでいることは自分しか知らない」

ということは

本当の意味で自分を喜ばせることができるのは自分だけ

ということになる。

すると

自分に向けられたちょっとした親切がとてもありがたいことに感じる。

「どうしたら私が良い気分になるか想像(推測)してくれたんだなぁ」って。

おしまい。

 

Follow me!