高次の存在のいうことを聞かなくても良い

高次の存在の言うことを聞かなくても良い!だなんて

恐れ多いこと言ってるなぁ…なんて思われそうですが、

高次の存在って平等でいることを好まれるので、言いなりみたいなのは非常に嫌がります。

と言いますか、何かに悩んだ時にお返事をくださらないこともありまして

それはどういう時かと言いますと

「あなたの言うことを聞きます。だから○○(ここには望みが入る)になるようにしてください。」

みたいな場合、ほぼお返事はないと思ってください。

自分で考えた、やれることもやっているこれ以上は思いつかない。

その上で、

まだ自分が気づいていないことありますか?

まだ自分がやれることありますか?

という場合はお返事をくださいます。

もちろんその時だって

どんな結果になろうともその責任自分にあります。

その結果は全て受け止めます。

という姿勢が必要です。

そうなんです。

結局、自分で!という覚悟のない者に導き、メッセージはくださらない。

で、私はむか〜し、ちょこっとふてくされていたと言いますか

腐っていた時期がございまして「役立たずーーー」と申してしまったこともございます…アハ、あはははは…

なんだよー

全然助けてくれないじゃないかーーー!!!

もういいよ!

もーいいよー!!!

けっこうけっこう。自分でやるわ。

ってかもーどーでもいいわ。※△a□@:?ou!…   みたいになりまして。

そしたら不思議と人生が好転したワケであります。

あ、それから高次の存在に何かを問うた時に具体的なメッセージをくれるのはそんなに高次の存在じゃないです。

高次の存在になればなるほど抽象的です。

聖書のメッセージ?

ギーター?みたいな感じになります。

それは本人も認めていました。

自分たちがいるのは高次すぎる人のメッセージでは

どうしていいかわからなすぎるから自分たちがいる。

みたいなこと言ってました。ふ〜ん。そうなんですね。←私の心の声

それにですね

高次の存在の言うことだからって必ず聞く必要はないんですよ。

アカシックレコードってあるじゃないですか。

あれに人生のぜーんぶ書いてある!と思っている方もいるようですが

まぁそういう人もいるんですけど

ぎちぎちに何歳で何して何歳で何があって何歳でこうなる。みたいな人もいるにはいますが少数ですよ。

わりと自由な部分が多いです。

じゃなきゃおかしいんですよね。

わかりやすい例だと仕事ですよね。

何を仕事、職業にしたら良いか悩む人もいると思いますけど基本的に自由に選んで大丈夫です。

介護の仕事をしたいと思っている方がいました。

でも高次の存在が貴方は集中力もあり、手先が器用なので和裁士になりなさい。と言ったとします。

介護の仕事、諦めます?

大好きなおばあちゃんになにもしてあげられなかった。

だから私は介護の仕事をしたい!と思っていたのに和裁士って…ってなりません?

だから和裁士にならなくて良いです。

高次の存在がこんなに具体的に何かになれ!やれ!ということは

あまりないのだけれど、もし言われたとしても

私、集中力があるんだー。手先が器用なんだー。っていうところだけ覚えておけば良い。

なんなら和裁士と器用、集中力から発展させて

着付けをおぼえて介護施設で夏祭りの時にゆかたの着付けをやるとか。

そういうのは自分のやりたいことをもっと素敵にするからどんどんやったら良いと思います。

そういう風にすればいいだけの話なんです。

人生の決定権は自分にある。ってことは覚えておいてくださいね!

けっこう自由なんですよ♪

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